自分史で福島県を元気に! 【 自分史講座のご案内 】

なぜ今、福島県に自分史が必要なのか

2011年3月11日に発生した東日本大震災、および福島第一原子力発電所の災害により、福島県はたくさんのものを失いました。津波により愛する人、大切なものを失い、自分の生まれ育ったまちから避難を余儀なくされた方もいます。避難することはなかったけれど、震災を契機に何気なく暮らしていた日常の大切さを知ったという方もいました。

しかし、そんな悲しみの中から私たちは少しずつ日常を取り戻しつつあります。月日が経つごとに福島県の景色も変わってきました。人々の心も同じです。今も深い悲しみにうちひしがれている人もいる一方で、震災の経験を糧に、前に向かって進む方の姿も多く見られるようになりました。

 

私は「震災という経験」をのちの世に伝えることで、私たちがあの時にどう感じ、どういう行動をとったのかを、のちの世の中に伝えていく必要があると考えています。

震災の記録を取材する から 自分の愛する人に震災の体験を伝える「自分史」へ

ご存じの方も多いと思いますが自分史は1975年(昭和50年)に「ある昭和史-自分史の試み」を出版した歴史学者 色川大吉氏が名付け親です。第二次世界大戦後、わが国では「民衆の生活を記録しよう」という活動が起き、戦後の平和運動と一緒になって「戦争体験を記録しておこう」という運動が広がりました。このページで私が「震災の体験を記録しておきましょう」と呼びかけていることと同じことが、戦後すでに起きていたのです。

思いや経験を子どもや孫たちに伝える! 子どもたちの生きる糧につながる自分史

もちろん震災の体験を、多くの人に知っていただくことは大切です。でもそんな方ばかりではないでしょう。自分が伝えたい人だけに、自分の思いや体験を知ってほしい。そんな方のためにも自分史は存在します愛する我が子や孫達が、いつか何かにつまずいたとき。「私の父は、母は、どう考え、どう乗り越えていったのだろう」と振り返るよすべになるのも自分史です。だから自分史は自分だけのものではないのです。また自分のことを振り返り、まとめていく過程で、今まで眠っていた自分の思いに気づくことがあります。おもいに気づくことによって、今まで抱いていた価値観がかわることもあるでしょう。それもまた、自分史のおもしろさです。

より豊かな人生をおくるために。自分史を活用してください

近年のITの普及により、文章を綴ることや記録に残すことのハードルがぐっと低くなっています。その中で必要なのは、自分史の大切さを気づかせてくれる人の存在と、自分史を作成する人の年齢や嗜好にあった道具を用意することです。次のページからは、私が行ってきた様々な自分史講座をご紹介していきます。ご自身の好みやお気持ちにぴったりあった自分史の残し方を見つけ、実践されてください。

そして自分史作成の伴走者が必要なときには、お声がけください。